極寒のニューヨークデリのテラス席で
文字通りしびれるようなビールをやっつけたあと、
PSを取っておいた「櫻」に行った。

私はこの櫻の脇にあるテラス席で
ハドソン川の風景を見ながら
あられチキンを片手に飲むビールが大好き。
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自分の車以外でシーに来たら
ここのビールとあられチキンは
欠かせない私のルーティンなのだけど、
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悲しいかな、年末からずーっとクローズになっている。

このあられチキンのお店が何て言う名前なのか、
ずーっと知りたくて、でも公式ページにも載っていなくて。
いろいろと検索してもわからなくて、

それをまさか、休止施設情報で知ることになるとは。
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「レストラン櫻 テラス席」


そのまんまやないかーい!!

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ともかくだ、その本館?の方に初めて入ってみた。

席につくと、
「チャーリー田中のお店にようこそ」
と言われた。

そう言えば、セイリングデイビュッフェに行った時も
「S.S.コロンビア号の祝賀パーティへようこそ」
みたいなことを言われたっけ。

レストランにもそれぞれに
バックグラウンドストーリーがあるんだね。


何を今さら、って思われると思うけど、
もしかしたら本当にあったかも知れない歴史のストーリーを
どうしても勝手に思い描いてしまう。


20世紀初頭のニューヨーク。

ここ、アメフロの時代背景は1912年の設定だと、何かで読んだ。

ジャックやファブリツィオが自由を夢見て船出をして、
そして冷たい海の中に沈んでいった年と同じなんだね。

一方の田中さんは19世紀後半にアメリカに渡り
一生懸命に働いて地元や同じ日本人移民の人たちの信頼を得て
「チャーリー」の愛称で親しまれ
このレストラン櫻を開店したのが1905年。(らしい。)

折しも日本の日露戦争の勝利を機に始まった
日本人移民への差別と迫害の渦の中、
それでもチャーリー田中はみんなに愛されながら
このお店を続けたに違いない。

喜びも、悲しみも、苦しみも、愛情も
何もかもを思いに込めて作られたであろう
チャーリー特製クラムチャウダー

さあ頂こう。

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うまーい!!

このクラムチャウダーだけで白いご飯
三杯いけるわ。



どさくさに紛れて、だいぶフィクションと妄想のいり混じったことを書いてしまいましたが、

当時のアメリカでの日本人移民の方たちの苦労と試練の日々は、
あながちウソでは無いと思います。


このレストラン櫻に込められた本当の思いって
なんだったのかな。

どうして、日本人移民の設定だったのかな。



変なこと書いてすみません。
(いつもだろ、



〈追記〉
20世紀初頭に日本人移民への差別や締め付けが顕著だったのはアメリカ本土においては主に西海岸だったようです。
けれども東側(ニューヨーク)でも全く無かったかというと、そうではなかったと思います。

それでも、そういった暗い歴史のある中でも、成功して愛された日本人移民の象徴としてこの「レストラン櫻」があるのかもしれませんね。

和食も、食べたいですもんね。