今日、9月3日は私が初めてディズニーシーへと来た日です。
今日でちょうど1年になります。


今回の記事はもっともっと年を取って「あれなんで私ディズニーばっかり行ってたんだっけ?」ってなった時のための個人の備忘録です。
つまらない自分語りの文章でしかもだらだらと長いだけですので興味の無い方はスルーしてください。


よろしくお願いします。





「ねえ、○○ちゃん(姪っ子)をディズニーに連れて行ってあげてくんない?」

すべては私へのおかん(ばあちゃん)のこの言葉から始まった。


なんでもおかんが姪っ子と出かけたときに、姪っ子のけなげな振る舞いにいたく感動したことがあったらしくて、ばあちゃんは姪っ子に何かをしてあげたくて仕方なくなっっちゃったのだそう。
(その気持ちは一緒に遊ぶようになった今の私にもすごく理解できる所があるよ、


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姪っ子とばあちゃん。(写真は今年のばあちゃんの誕生日イン)


で、姪っ子は何が喜ぶだろう?とばあちゃんは考えた。


”そうだ、ディズニーに連れて行ってあげよう”


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まだ姪っ子が小さいときに、ばあちゃんは妹一家とよくディズニーに出かけていた。
だから姪っ子がディズニー大好きなのを知っていた。


でもばあちゃんは自分は連れて行ってやることができない。
そこで車を持っていて暇そうな私に、費用は出すから姪っ子をディズニーに連れて行ってやれないかと頼んできたのだ→冒頭のセリフに続く


それまで若いころには何度かディズニーランドに行ったことはあったものの、最後に行ったのがいつなのかも覚えていないほど私はディズニーとは縁の無い生活を送っていた。

少なくとも20年以上は間違いなく経ってたと思う。


ディズニーシーなんてのも、できたのはなんとなく知っていたけども妹一家とおかんが出かけた話を聞いて「ふーん、よくそんな疲れる所いくねー」なんて言っていたくらいだからね。


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そんな私だったけど、おかんの頼みでしかも費用も持ってくれるとあれば行ってもいいかなーって思った。

もともと姪っ子とは仲が良くてそれまでにも一緒に遊園地行ったり映画行ったりして、一緒に出かけることには何の抵抗も無かったし。むしろ一緒に遊べるのが嬉しかったしね。


これが去年の7月の半ばくらいだったかな。



そしてディズニー旅行を10月の姪っ子の運動会の振り替え休日を使って一泊二日で行くことにして、じゃあ面倒くさいからパークの近場のホテル(オフィシャルホテル)でいいよねみたいな感じで計画を立てていったのだけど、


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調べていくうちに「お?ディズニーランドホテルなんてのがあるのか」とか、バケーションパッケージって乗り物優先券(いわゆるファストパスってやつです)がついてるじゃん(゚∀゚)!!とか、どんどん計画と費用がエスカレートしていった。


最初にばあちゃんから預かった予算ははるかにオーバーしたけど、そこはもうこの先ディズニーに泊まりで行くことなんて無いだろうから、一生一回くらいなら贅沢してもいっか!と、自分のお金を持ち出して行くことにしたのだ。


結果、バケパのアトラクションをめいっぱい楽しむ2days(だったかな?

ミラコスタのトスカーナサイドに泊まり、トイマニとスティッチ以外に使えるファストパスが4枚とすべてに使えるファストパスが1枚ついたパッケージになった。


あんまり深く考えなかったから(というか知らなかった)部屋も特にどこでもよかったし今思うとすごくもったいない雑な(笑)バケパ計画だったと思う。
(できることならやり直したい)


かくして1ヵ月後のこの大事な旅行に備えて、姪っ子大好きの私は当日戸惑わないようにと1月前の9月3日(木)と4日(金)に仕事の休みをもらい、2デーパスで生まれて初めて一人でディズニーへと行ったのだった。

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そもそもひとりでディズニーランドへ行く人なんているのか??とそれが一番の不安だったけど、まあいっか、と思ってまだ夜中のうちに家を出て車で向かった。


最初に行ったのはディズニーシー。

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見るものすべて初めての私がパークに入って何が一番驚いたかというと、通りすがるスタッフの人たちが(のちにキャストさんと呼ぶことを知る)みんな私に手を振っていく、という行為。


風船持っている人も、アイスを売っている人も、みんなみんなあきらかに私にも手を振ってくれている。

おそるおそる手を振り返してみるとニコニコが倍になってさらに大きく手を振ってくれる。
なんじゃこりゃ。


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※写真はイメージです

これがまず私がディズニーに「やられた」第一歩だった。


そのあと、歩いていても橋の上からでも、船の中から、キャストさんだけでなくほかのゲストも手を振ってくれるじゃないか。

こちらから勇気を出して振ってみると倍くらいに振り返してもらえた。

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ステキやん。 
めっちゃ素直にそう思った、感動だった。


そんなこんなで一日シーを一人でふらふらとして、ファンタズミックをリドアイルで鑑賞することにした。


リドアイルでは柵の手前で座って見るところで待つことにした。
隣にはおなかが大きな若い奥さんとご主人と思われる人がいた。

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足元の座り見のところに外人の若い子たちが待っていたのだけど、時間が近づいてきて普通は2列でいっぱいだろうってところにその外国の若い子たちの友達が後からわらわらっとやってきた。

その子たちは一応は回りの様子に気を使い、申し訳なさそうに小さくなっていたけど、私の隣の妊婦さんは足の置き場が狭くなって窮屈になってしまい気の毒だった。


私は思い切ってその若い妊婦さんに声をかけてみた。
「足元、狭くないですか、大丈夫ですか?この子達、ちょっとやりたい放題ですよね」って。


てっきり似たような愚痴が帰ってくると思っていたら、違った。
そのときに返ってきた言葉がすごかった。


「私は大丈夫、きっとみんなで一緒に楽しみたいんでしょう」って。


頭を殴られた気がした。
まじで。


私の半分くらいの若さで、この人には他人への思いやりが私の100倍あるのか!!


自分の冷たさが情けなくなるのと同時に、なぜかわからないけど私の中である想いが芽生えはじめた。


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ディズニー、ばあちゃんの依頼で仕方なくやってきたけど、なんだかいろいろなことが想像していたのと違う。


あれ?私ディズニーが好きになりかけてる???


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特にシーには、各テーマポートの作りこみのすばらしさにも感動した。
アメフロの雰囲気はたまらなかった。



ディズニー始まったかも?



この日はパークの近くにある舞浜ユーラシアホテルという温泉のあるホテルに泊まり、翌朝は今度はディズニーランドへと向かった。


本当にご無沙汰していたディズニーランド、いろいろと変わってたけど何がどう変わったのかもわからないほど私の記憶はあまり残っていなかった。


そもそも、パスポート見せずにアトラクションに乗れるのがびっくりぽんだったくらいだからね。


最初に懸念した一人でパークにいて寂しくないか、そもそも一人で来る人なんているのか?という不安はとっくにどっかに行っていた。

ランドにいるときに友人からLINEが来て「今何してる?」って聞かれて「ディズニーランドに一人でいる」って返しても信じてもらえなかったけどね(笑)
(パレードの写真を送ったら「おまえ何してんの?」ってめちゃめちゃ心配されたしww


そんなわけで、懐かしいビッグサンダーマウンテンやスプラッシュマウンテンにも一人で乗り、パレードも見てランドもエンジョイした私は、ある決意を固めていた。



来月の姪っ子とのバケーションパッケージのインが終わったら年間パスポートを買おう。
私にも、姪っ子にも。

そして二人でもっともっとディズニーに来よう。



これが私の「始まりの日」のできごとでした。

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このあとどんどん私の生活がディズニー寄りへと変わっていった。


ノーマルのJCBカードはディズニーのカードに切り替えた。
写真を撮る事も撮られることも嫌いな私が、ディズニーの写真が撮りたくてスマホを新しくした。
(事実、1年前の写真なんて一枚も撮っていなかった、スマホは持っていたのに)

それがコンデジを買い、これは写真がひどいものばかりなので恥ずかしくてなかなか書けなかったのだけど実はついにはミラーレス一眼まで買ってしまいました。


企業の懸賞があればウィンナーを一生懸命食べ、トマトジュースを飲み、今は嫌いな豆乳をがんばって飲んでいる。



こんな生活も気持ちも情熱も、いつまで続くかはわからないけれど1年経った今でもまだディズニーに行きたくて仕方ない気持ちは変わっていない。


あとは姪っ子がいつまでつきあってくれるかという。ね。

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そんなこんなの、これが私がディズニーにはまっちゃうきっかけとなる出来事だったのでした。


長々と読んでいただきありがとうございました。




※この記事はあとから修正、加筆をすると思います。
 思い出しながら書いているんでてへぺろ